SNS疲れを探究する方法はある

ありのままって、そのまんまってこと。実際にそこにあるがままってこと。

一時期の歌の大流行と映画の内容から、何故か曲解というか拡大解釈の様に、自分が思うままに振る舞う人がいるけど、それ違うんちゃうかなと。
ブログでも、ぶっちゃけをありのままという表現にしていたりして、どうも違和感がある。

ぶっちゃけって包み隠さないで言うことで、更にそこから暴露してしまっている人もいて、考えなしな残念な行動やなぁと思います。
それが、SNSなどでの交流を見ていると、変な解釈のありのままの自分を出している人は、誰かの文章をありのままに読んでいなかったりしていてオモロい。

やっていることがちぐはぐなんやね。
それって私のことですか?!とか、そういうやつです。

誰も言及してないやんってね。
ニュアンスまで文章から汲み取るのは、読み手の一方的な見方やからね。

実際会ってその人を知っているとこういう風に喋ってるかな?と想像するけど、それも思い込みであり幻想幻覚の類だから。

それから何を思うかは、全てあなたの勝手解釈なんやで。

書いてあることそのまんまを受け取ればええのに、こう思われてるだのきっとこうに違いないだの、挙句の果てにキレて攻撃したり勝手に落ち込んだり。

ちっとも、ありのままの受け取り方をしていない。
SNSにありがちな、本当に不思議な光景ですな。

 

誰かの文章や言葉から妄想が始まるなら、その時の自分自身がどういう状態かを観察してみるといいかもしれませんね。

相手が何考えているかに想いを巡らすより、得るものがあるよね、きっと。

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山紫sanshi