当てる占いと当てにいく占いとは役割が異なる

当たらないと意味がない占いがあります。

たとえば先日、妊娠した友人に胎児の性別を占わせてもらいました。
勝手な占いになってはいけないので友人には許可を取り、性別が分かった時に教えてもらえる様お願いしました。

断易を用いた時の、読み方の精度を上げる練習のためには、結果がはっきりと分かる占的が適しています。

この様な当たらないと意味がないことで、事前に知れるなら知りたくて結果がわかるまでに時間がかかるものなどは、占いに頼らざるを得ないものだったりしました。

しかし現代ではエコー診断の精度が高くなり、あまり必要がなくなりました。
この例に限らず、様々な研究や技術の開発などで、こういった占的での依頼は少なくなっているようです。

練習には最適な占的なので、機会があれば積極的に占わせてもらえる様にお願いしています。
こうして当てる占いを積んでいくことによって、当たりをつけていくことの精度が上がると個人的には思っています。

占いで「当たりをつける」ことから、後に「当たっていた」と知る結果を導き出すには、少なからず意味があると思うからです。

「当たりをつけること」には、
・希望を持つこと
・希望を持つことでそこへ向かう力の源を作ること
・向かう方向性を定めることで時間の短縮を計ること
などへの期待が生まれます。

これらは行動を後押しあるいは引き上げになったり、強化の効果に繋がるからです。

性別を当てる様な占いは結果が全て。
それに対し、欲しい結果に向かうための当たりをつける占いは、そこへ向かう過程に重さがあります。

占いの依頼者の迷いを、どのルートを選択することでどんな経験値を得ることができるか想像できる状態にして払拭し、自信へと変えていく感じとでも言えるでしょうか。

また、依頼者が知りたいことを深く聞いて整理すると、依頼者が本当に求めていることにご本人が気付ける場合が多くあります。
これも、当たりをつける占いの役割だと思います。

全く違う方向・分野からの視点を持つことで、いろんな可能性を生み出せるひとつを担っているのが占いだと、そう思ってくれる人の助けになれる占い師で在りたいと思います。

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